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育休経験はその後何十年もの人生への「投資」になる

男の育休リアルストーリー Vol.2

自身の育休取得経験から、政府の掲げる「2020年までに男性育休取得率13%」に
0.00001%でも貢献したいと勝手に思い立ち、この企画を始めます。

取得したのはたった1ヶ月でしたが、それでも僕にとっての育休は
「育休は男性の研修制度の一つになれば良いのに」と思うくらい貴重な経験でした。


その「リアル」を1人でも多くの人に届けたい、
男性の育休取得率たった3%(女性は82%…!)時代に
自らの意思で育休をとった変な(素敵な)人にたくさん会いたい!
という二つの想いからインタビューを始めることにしました。


今回お会いしたのは、佐藤雄佑さん。
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リクルートキャリアを卒業され、株式会社ミライフ/未来の働き方を提案する未来志向コンサルティング会社の代表取締役として活躍されています。


育休は国民の義務にすべきだと語る佐藤さん。
育休にどんな想いがあったのか、実際とってみてどうだったのか、取得の仕方や育休中の失敗談など、リアルなお話を伺ってきました。

 

佐藤さんの育休データ

・家族構成:奥さんと娘さんお一人(現在4歳)
・奥さんのお仕事:薬の研究開発(統計解析)
・取得期間:娘さんの誕生後6ヶ月の時に約半年間取得

 

20冊もの育児本のインプットから導き出した答えが育休

−育休を取られたのはいつだったんですか?
2012年の10月1日にリクルートホールディングスができて、各事業会社が分社化されました。
その中のリクルートキャリアという会社の人事制度を作るのが人事GMとしての当時の僕の仕事でした。
その10月1日に向けて約1年間かけてずっと統合の仕事をしていました。
それがようやくカットオーバーした同じ月、10月24日に娘が生まれます。
1ヶ月前だったら本当にピークだったので、立会いもできなかったかもしれないです。
そう思うと本当によくできた子ですね。笑
最初病院にいて、その後奥さんは東京にある実家に帰りました。
3週間くらいで家に戻ってきた奥さんに「育休を取ります」ということを伝えました。

それが11月の中盤で、実際に取得したのはそこから半年後の翌年4月後半から9月末までです。
子供の年で言うと6ヶ月から1歳までの約半年です。

−育休を取ろうと決めたのは何でだったんですか?
「自分の人生で後悔するとしたらこれしかない」と思ったからです。
ただ、元々育休取るって決めていたわけではないんです。
奥さんが実家に帰っている3週間で、
ファザーリングジャパン代表の安藤さんの本含め、
20冊くらい教育や育児に関する本を読み漁りました。
一気にインプットをして、自分は今後どうあるべきかを考えていました。
そこで辿り着いた結論です。
仕事はこれまでも頑張ってやってきたし、いつか独立をしようと決めていたので
これからいくらでも仕事はやるだろうなと思っていました。
第一子で生まれてすぐにそういう風に思える男性は少ないかもしれませんが、
子供と向き合うのはこのタイミングしかないんだなと
本を読んでいる中で気づけたことは大きかったですね。

−どんな本を読んだんですか?
色んなバリエーションの本を読みましたよ。
著者もなるべく変え、物凄く分厚い小難しい本から、
モンテッソーリ教育の本とか、育児の本とか。
当時は男性育休に関する本ではファザーリングジャパン安藤さんの本が一番刺刺さりましたね。

−育休を取得することをキャリアロスになるとは思ったことはないですか?
思わないですね。人事をずっとやっていたので、色んなリスクを考えましたが、
ただ半年間異動して帰ってきただけ、出向して帰ってきただけ、と同じだと思います。
自分が人事のことに詳しすぎて、ロスになる理由がわかりませんと思っていましたね。笑

男女に分かれる周囲の反応、妻は喜ばず

−育休を取得するって知った時の会社の人の反応はどんな感じだったんですか?

男の人と女の人で完全に2パターンに分かれましたね。
男の人は「何で?」って聞きます。
女の人は「いいね」って言います。
男性は理由をめちゃめちゃ聞いてきますね。
何か取らざるを得ない理由があるんじゃないかと。
奥さんの体調が悪いとか、子供が病気なのか、とか。
女性は理由を聞かないですね。奥さん良いねって言われるだけですね。

−奥さんは妊娠前、仕事をされていたんですか?
薬剤師で薬の開発や統計解析などスペシャリストとしてバリバリ働いていました。

−育休取るよって言った時、奥さんはどんな反応だったんですか?
「え、何で」でした。
もっと嬉しいとかありがとうとか言ってもらえるかなと思ってたんですが、
そんなことは全く言ってもらえず「え、何で」です。笑
そして二言目は「誰のため?」でした。
こちらがウッてなっている間に
「私のためとか子供のためとか思っているんだったら取らないで。自分のためだって思えるんだったら取っても良いんじゃない」と言われました。

−凄い詰め方ですね(笑) 僕も全く同じようなことを奥さんに言われました。
自分のためだよという話をして、じゃ良いんじゃないってなった感じです。
でも、そこから育休を実際に取得するまでの間も奥さんはずっと否定的でしたね。

−それはどうしてだと思いますか?
それまで僕は家のことを本当に何もやってなかったんですよ。
ポンコツなんですよ。
ポンコツが家に1台いられても邪魔なんですよ。イラつきますしね。
だったら、家にいないで稼いできてよというのが奥さんの本音だったと思います。

“アルバイト”として妻のスキルを完コピ

−奥さんはいつまでそう思っていたんですかね?
育休を取り始めて1ヶ月くらい経つまでじゃないですかね。
最初僕があまりに家のことができないから
「育休とった意味ないな」と奥さんに思われていたと思います。
僕も「なんでこんな毎日カリカリしてるんだろ」と思ってました。

−そこはどう変えていったんですか?
1か月くらい経った頃「アルバイト入社させてほしい」と頼んだんです。
家のことをやろうにも、やり方が全然わからないから
新人のアルバイトだと思ってイチから全部教えてほしいと。
まずはその通りに全部やってみるから教えてくださいって頼みました。
どういう風にしてほしいか要望を出してほしいと。
最初は「えー」と言っていましたが、
教えてもらった通りコピーするからできるようになりますよね。
そこからは奥さんもあんまりカリカリしなくなったと思いますね。
なので、今となっては取って良かったと思ってくれていると思いますが、
取る前や最初の頃は「この人本当に役立つんだろうか、むしろ邪魔なんじゃないか」
という不信感があったと思いますね。

−なぜアルバイト入社しようと思えたんですか?
最初のスタンスが間違っていたということに気付いたんです。
最初、育休をとったら時間が無限にあると思っていたんですよ。
勉強もしたいし、本も読みたいし、ブログも書きたいし、もちろん育児もしたいし、
家事もして、普段は会えない人と会うとか、セミナー行くとか、
それをどうやって全部やるかということばっかり考えていた1か月でした。
でも結局両立どころか何もできていないなと気づき、
しかも奥さんもカリカリしているしと。
それでもう一回「あれ何で育休取ったんだっけ」と思い返したんです。
期間限定で育休を取っているのに、これじゃあ意味ないなと思ったので、
とにかく育児家事にどっぷり浸かって、それで仮に余った時間があれば
他のことをやろうと決めました。
そこに気づくのに1か月くらいかかりましたね。

−1か月間のカリカリの理由は奥さんに聞いたりもしたんですか?
聞きましたよ。でも教えてくれないんですよ。
「なんでそんな怒ってんの」「いや別に」という感じで直接教えてくれたわけではないんです。
彼女も当時は「この人にお願いするくらいなら自分でやった方が早い」というスタンスだったと思います。

−アルバイトからっていうのは誰かにアドバイスをもらったりして考えたんですか?
いやそういうわけではないですね。
会社に置き換えて考えると若手の育成とかもしたりしますが、
家においての自分ってその次元じゃないなと思ったんです。
だって何もできないわけですから。
それってもう入ってきたばっかりのアルバイトだよなと思って、そういう表現を使ったんです。
なので、自分で思った言葉ですね。

−最初の1ヶ月を終えて家事育児を優先順位のトップに変えてから毎日どんな生活をしていたんですか?
最初はこれはこっち、これは奥さんとかって決めた方が良いかなと思っていたんです。
料理も朝昼は僕で、夜は奥さんみたいに分けようと思っていました。
で、奥さんにどうしたら楽になるか、やりやすいかをストレートに聞いたんです。
そうしたら「とにかく子供を見ていてほしい」と言われました。
ご飯は?と聞いたら「私作るの好きだからやらなくて良い」と。
それは面白かったですね、聞かないと絶対にわからないことでした。
奥さんは家事をやるのが嫌いじゃないから、家事をシェアしてやってほしいというよりは、
とにかく子供に張り付いていてくれれば心置き無く家事ができるから嬉しいと思っていたんです。
なので二人でいるときは、家事を奥さんがやり、育児の方を僕がやるという感じでしたね。
これは聞いて良かったですね。

−これはいつ聞いたんですか?
アルバイト勤務期間が終わって一通りできるようになってからなので、育休1ヶ月半〜2ヶ月くらいの時ですね。
それまでは料理も「今回は作らせてほしい」と頼んでやらせてもらったりしていました。
全部の家事育児の奥さんのこだわりまで完コピしたので、出来るっちゃ出来るんですが、
この話をしてからは、無理に仕事を取りにいくようなことはしなくなりましたね。

人事を知り尽くしていたからこその「半年」

−半年間という期間はどうやって決めたんですか?
自分が人事の責任者をやっていて、マネージャーは半期で動かすとわかっているので
中途半端に戻ってこられても置くところがないんですよ。笑
目標も半期で持つので、まるまるいなければ都合が良い。
人事想いでしょ。笑
なので、4月に新しく人事の後任もつけるけれども、
前期の査定会議や引き継ぎも全部終了した20日頃から育休に入りますと
11月に上司に言う時にプランニングを提出しました。

−実際に取得されたのは6ヶ月から1歳までの間でしたが、その月齢でとって良かったなと思いますか?
育休を取得される方で多いパターンは生まれてすぐですよね。
でもここはうちにとっては実家に帰れたし、正直荷物持ちくらいしかできない。
おっぱい含めてママにしかできないことが多いから、
家事をこちらがやり、奥さんが育児に専念するというフォーメーションですよね。
それもアリだと思いますが、里帰りという代替案がある時期なので
そこに頼れる場合は頼るのも一つの手かもしれません。
もちろん、両親のサポートが得ずらい状況であれば
生まれてすぐに取得した方が良いとは思います。
6ヶ月くらいになってから1歳までは、離乳食が始まり、動き出す時期。
どんどん人間になっていくじゃないですか。
僕が育児側を担当できたのはそういう時期だったからなんですよね。
前半にとっていたら、もっと育児でできることは少なかったんじゃないかなと思います。
こどもの成長を間近で見られたので、幸せではありましたね。
トマトを始めて食べた時の「酸っぱ!」みたいな顔を見られたりとか、本当良い思い出ですよ。
そういう「初〇〇」をたくさん見られるという意味では後半はオススメですね。

家事育児にも「守破離」を

−育休中にしんどいなと思ったのは最初の1ヶ月くらいですか?
そうですね。アルバイトからやるんだと決めてからは楽でしたね。
指示命令をもらえるので、とにかくそれに忠実にやるだけ。
ただ、途中から少し”ルール”を変えました。

−どういうことですか?
これは”言われる前に”やらなければ絶対に相手の満足を得られないなと気付いたんです。
それに気付いてからはなるべく言われる前に先回りをするように心がけたので、
お互いに良い感じになれたかなと思います。

−家事育児ができるようになって飽きることはなかったんですか?
ないですね。
とにかく「言われる前にやる」ということをいかにやり続けるかという風に
ゲームのルールを変更したからです。
「あれ、もうこれやってあんじゃん」という状態をいかに作るかに心血を注いでいまたね。

−それはちゃんと完コピした後だったからできたことですよね。僕は先に「先わまりしたい」という方に走ってしまい失敗しました。
それは人材育成をやっていたからわかっていたのかもしれません。
「守破離」だと。
だからまずはコピーできるようにして、
そこから相手の期待を超える動きをするようにするという順番を守らないと
失敗するかもしれませんね。


−アルバイトからやると決めてからは何か目標みたいなものって立てていたんですか?
この期間は家事育児だけやろう、向き合おうということだけですね。
最初の1ヶ月はなんとか時間を作り出して、外に出て人と会ったり、
勉強したり本を読んだりしたけれども、それをパッタリやめました。
そういう風に「能動的に自分の時間を作り出す」ということをやめたんです。
飲みにいこうとかもこっちからは絶対言い出さない、全て受け身にしました。
僕はリクルートの人なので「自ら機会を創り出し機会によって自らを変えよ」で
生きてきましたし、能動的に時間をやり繰りすれば絶対両立できる!
って思っちゃう人なんですけど、その考え方を修正しましたね。
この期間は家族と向き合うと決めたから、他のことは後でもいくらでもできるだろうと。

後に続く人を作りたいと書き続けたブログ

−ブログを書いていらっしゃったと仰っていましたが、何故書こうと思ったんですか?
爪痕を残すためです。前例として取っている人がほとんどいなかったので、
こういうレアケースをみなさんに配信していきたいと思った。
僕とFacebookが繋がっていたら嫌でもタイムラインに出てくるわけですよ。
それを自分でいやらしいなとも思いましたが、まぁ書くと決めて書いていたという感じですね。

−半年間ずっと書き続けたんですか?
半年間1日も「書かれていない日」はないです。
ですが、毎日書いているわけではないです。

−どういうことですか?
例えば「育休最終日」というこのブログは2013年9月30日のことを書いているんですが、
投稿日は2014年4月14日になっています。
時間がないので毎日起こったことをその日にブログにしていくわけにもいかなかったので、その日起こったことは手帳に手書きで毎日残しておいていました。
それを約半年遅れながらも復帰しても書き続けていたんです。

−そのやり続ける力は凄いですね。書けずに溜まっていくストレスみたいなものはなかったんですか?
みんなは今日の僕のことが今日知りたいわけではなく、
育休中ってどんな感じなのかその日常が知りたいんだろうなと思っていました。
なので、今日書くというタイムリー性よりも1日も欠かさないということの方を
重要視して続けていました。
みなさん失敗すると笑ってもくれ、「いいね」もくれ、
コミュニケーションとしても楽しかったんです。
後輩の長尾君はじめ、すでにリクルートキャリアでも多くの男性が育休を取ってくれたのは
こういう啓蒙活動をずっとしていたことが繋がった結果なのかなと思います。
やっぱり書いててよかったですよ。

あとこれは余談ですが、男性育児とか働き方改革という文脈で講演などさせていただくこともありますが、
初めから狙っていたわけではないですが、いつか独立するということは決めていたので、
このレアケースを残して置くということが一種のアピールになるかもしれない
という気持ちも少しはありましたね。
もしかしたら本書けるんじゃないかとかね。笑

−いつ書いていたんですか?
朝か、夜か、ですね。
朝もこどもや奥さんが起きてきたら止める。
夜も二人が寝てから書く。
僕は隣で子供がギャンギャン泣いていても全く起きなかったので…
夜中に起きてケアすることは全く期待してないと言われていました。笑
その代わり、日中奥さんには昼寝して良いよと言っていて
その方がありがたいとも言われていました。

1日に書くのは1話ということも決めましたね。
最初は早く追いつきたいから1日に何件も書こうとか思ってやっていましたが、
そんなことしてこれは面白いんだろうかと思ってしまってやめました。
1日1話で、その代わりいくら遅れていっても構わないというルールを自分の中で決めてやっていました。

−復帰しても半年も書き続けるってかなり大変だと思うんですが、どうして続けられたんですか?
もちろん自分で書くと決めたからということもありますが、
面白いと言って待っててくれる人もいたし、反響があったから続けられたと思いますね。
会社の人だけじゃなくて結構遠くにいる人方もコメントをもらったりしていたので、
ありがたかったです。
印象に残った日だけ書くという人もいると思いますが、
「今日こどもとディズニーランドに行ってきました」とかだけ書いていると
格好つけちゃうと思うんですよ。
今日ゲロ吐いて逆噴射でこぼしまくったとか、
うんちのついた服を必死で洗っている自分とか、
そういう日常が面白いんじゃないかということに書いていて気づきましたね。

−今は男性育児のことで講演をされることも多いと思いますが、男性育休はみんな取った方が良いと思われますか?
男性育休は国民の義務にすべきだと思いますね。
色んな観点から見てそうだと思います。
日本が強くなる、採用難、ビジネスでもっと成果を出す、全てにおいて
女性にもっと活躍してもらいたいということは明らかなわけですよ。
本当に女性が活躍するようにするためには、男性が家に帰るしかないんです。
だから義務になってくれたら、女性社員がもっと活躍できるのにと思いますね。
男性にとってもその方が人生が豊かになると思いますしね。
幸福度という観点でも、家族に向き合うと日本人がもっと増えてほしいです。




佐藤さんの存在があったからこそ、前回インタビューさせていただいた長尾さんも
育休を取る決断ができたんだと思います。
現在はNPO法人ファザーリングジャパンでも活躍され、
現在まで続くリクルートキャリアの男性育休文化を切り拓いた佐藤さん。
「育休を取らない理由がない」と力強く言い切っていました。

佐藤さん、お忙しい中ご協力いただきありがとうございました!

次回は同じリクルート系列でも別会社のパパさんにお話を伺ってきますよ!