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自分らしく生きている素敵な人を見つけてご紹介していきます

未来を変えた退職前夜の電話〜ポジティブにファシリテートできる人とは〜

自分らしく今を生きる no.005 大郷和成

#NPO #作業療法士 #パラレルキャリア #ファシリテーター #コミュニティ

 

こんにちは。

『自分らしく今を生きる』では普通の会社員である僕が
心から「素敵な生き方をしている」と感じた人たちに出会い、
その生き方に至るまでにどんなことを考え、どんな行動をしてきたのか聞いたお話を
僕と同じく『普通の○○なあなた』にご紹介していきます。

 

今回お会いしたのは、大郷和成さん。
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ご自身も作業療法士としてのキャリアを歩んでこられた後、
長年勤めた病院を飛び出し、
現在は理事長と立ち上げたNPO法人「laule'a」の副理事長を務めながら
業界の横の繋がりのための場づくりや地域のコミュニティづくりに邁進されています。

 

退職前は130人の組織のNo.2を務めるほど院内で認められていた大郷さん。


好きだった作業療法士としての現場を離れ、
自ら組織を立ち上げるきっかけになったのは一体何だったのか?
さらに仕事の枠を超え、複数のコミュニティづくりを行うなど、
ソーシャルアクションを起こし続けるその想いとは?
お話を伺う中で見えてきた、身の回りの世界をよりよくするためのキーワード

「ポジティブにファシリテートできる人」とは?

 

自分らしく生きるためのヒント満載のお話を伺ってきました。

 

 

障害のあるこどもたちにもワクワクドキドキ体験を

ー今NPOではどんな活動をされているんですか?
小学生から高校生までの障害のあるこどもを放課後の「居場所作り」をしています。
学童保育の障害のある子に特化したもの、だと思っていただくとわかりやすいかもしれません。
居場所のない体の不自由な子、医療の必要な子がたくさんいるという問題があって、
その一つの解決策として彼ら彼女らに「遊び場」と「学び場」を提供することで
障害を持った子達により良い人生を送ってもらう。
そんなことを目指している組織です。

 

ー具体的にはそこでどんなことをするんですか?
同じようなサービスは公的な場所としてはいっぱいあるんです。
うちがそれらと違うのは「社会体験をする場」というのをコンセプトにしている点です。
障害のある子供たちは「体験をする場」というものが凄く少ないんですね。
いわゆる養護学校にいるまいにち決まった人たちとしか会わず、
障害があるゆえに野原を駆け回って秘密基地を作って遊んだりする経験がない。
そういう僕らが小さい頃当たり前に過ごしてきた「ワクワクドキドキするような時間」
を障害がある子達にも味わってほしい、そんな想いでやっています。
スーパーの跡地で大きな敷地があるので、遊具を入れてみたり、
海に出たり、キャンプへ行ったり、そんなことをしています。
そこに来る子の障害も様々で、
発達障害といって見た目ではわからないような障害を持つ子もいれば、
全く動けない子までいます。

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ーそこで一緒に働いている方は大郷さんのような資格者の方なんですか?
いえ、実はうちで働いている方の3分の2は地域のママさんたちなんです。
子連れ出勤OKにしているので、彼女たちが連れてきた子ども達が、
障害のある子達と同じ空間で一緒に遊んでいるような感じです。
働きたいというママさんたち地域の人たちを上手く巻き込んで、
子供たちが地域に出て行きやすいようにしています。

 

福祉の世界を目指すきっかけは中学時代

ー大郷さんはいつから福祉の世界を目指したんですか?
福祉の分野に進みたいと思ったのは中学生の時です。

 

ー早いですね!何があったんですか?
学級委員長をやっている時に、阪神淡路大震災があったんです。
自分の中の何かの正義感なんでしょうが、先生に「何かやりたいんだ」と相談して
クラスで街頭で募金活動をやったりしていました。
中学三年生になった時に、福祉委員会に入って、聾学校や盲学校へ行ったり
老人ホームへ行ったりする企画をしているところの委員長になったんです。
そのときに老人ホームに行くとおじいちゃんたちが喜んでくれるんですよね。
こんなことが仕事にできたら良いなとその時から思い始めました。
その後、大学受験に失敗して自動車工場で働いたりしていた時期もあったんですが、
看護師の叔母からリハビリ専門家になるための学校を紹介してもらったんです。
それがきっかけで作業療法士になっていったんです。
卒業してからは病院に勤めて、体に障害を負った高齢者が
家に帰るまでのリハビリなどサポートをする仕事をしていました。

 

恩師にかけた運命の電話、理事長との出会い

ーその後、どんな風に今のNPOに至るんですか?
病院では割と働きぶりを認めてもらっていて、
130人くらいの組織のNo.2というポジションを任せてもらっていました。
作業療法士という仕事に自体は好きだったんですが、
だんだんポジションが変わることによって
仕事の内容も中間管理職のようなものになり、
なかなか自分の目指すことができない日々が続いていました。

ある時に自分が何のために働いているかよくわからないという思いが大きくなり、
「明日辞表を出そう」と思い立った日があったんです。
最後に専門学校時代にお世話になった恩師に電話をして、
この電話に恩師が出なかったら辞めようと思っていました。

そしたら出たんですよ、恩師が。笑

 

ードラマチックすぎる話ですね。笑
その電話で恩師に今の状況を話したら
「一つの病院に収まりすぎだからもっと外をみなさい」と言われて、
ある人に引き合わせてもらったんです。

その人とウマが合い、湘南で色んな業種のアツい人たち集まり、
思いを共有しあい絆を作っていくというコミュニティを
後に一緒に立ち上げることになります。
そこで出会う人たちはみんな気持ちの良い人たちで、
社会的なアクションを起こしたいという人ばかりでした。

外に出ることで、院内での自分のポジションを俯瞰的に見られるようになり、
「自分だからできること」が見えてきたんです。
もっとチームがよくなるためのマネジメントをしながら、
外に出て活動をする機会がどんどんふ増えていきました。

そこに今の理事長が来て知り合ったのが今のNPOを立ち上げるきっかけになっています。
理事長からこう言われたんです。
「大郷さんは人に雇われる側じゃなくて、作る側の人だと思うよ。それをもっとやって良いんじゃない。」
そこで自分もハッとして、NPOに参画して一緒に立ち上げることを決めました。

 

自ら仕掛け「第4のコミュニティ」を作りにいく

ー今はそのNPO以外での活動も継続してやってらっしゃるんですか?
僕はコミュニティが4つあると良いと思っているんです。
1つは家族、もう一つは職場、そして趣味仲間や友達などウマが合う人たち、
4つ目がビジョンや価値観を共有できる仲間たちとの集合体です。
湘南の異業種の交流会はまさにそうなんですが、
こういう集まりって凄く心地が良いんですよね。
職場で完全に価値観を共有できる仲間がいて、
自分のやりたいことを全部できていれば良いんですが
なかなかそういうことって難しいじゃないですか。
これから、そういう場がとても大事になってくると思っています。
そういうコミュニティを作るために、
「自分軸で考える」ためのセミナーを企画運営したり、
作業療法士の集まるカタリバを運営したりしています。

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これからはポジティブにファシリテートできる人が必要になる

ー今後はどんなことをされていくんですか
今後、さっき話した4つ目のような小さいコミュニティがどんどんできていくと思うんです。
そうなった時に、人と人との関係をファシリテートしていける人が凄く大切なキーマンになると思うんです。
ただ集まるだけではダメで、ポジティブに場をファシリテートできる人、
そういう人材をもっともっと増やしていくことが社会をよりよくすると思っています。
そういう人をどんどん増やしていけるような活動ができたらと思っています。

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大郷さんの変わるきっかけ

大郷さんの変わるきっかけにはいつも「キーになる人」の存在がありました。
異業種交流会立ち上げの出会いを作った専門の恩師、
ともに異業種交流会を立ち上げた方、そしてNPOの理事長。
今の前向きな大郷さんを作った一番のきっかけは、
やはり「外に出たこと」に尽きるのではないかと思います。
外に出ることで新たな出会いがどんどん生まれ、
人生が好転していくストーリーはとても聞き応えのあるお話でした。


「元気がない人を見ると元気にしたくなる」と笑顔で語る大郷さんは、
NPOの活動でも、コミュニティ形成の活動でも、まさに有言実行されていて
根っからの「福祉マン」だなと感じさせられました。
お話を聞いているとこちらまでワクワクテンションが上がってくるような
素敵な時間を過ごさせていただきました。


今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
いつかあなたの『自分らしく今を生きる』お話も、ぜひ聞かせてください。

 


かわだ